寺下 翔和選手×田中 大雅選手―ベルマーレフットボールアカデミー―
メルディア青少年スポーツ支援の奨学生にインタビュー

未来のトップアスリートを支援する一般財団法人メルディア。奨学金制度を活用し、ベルマーレフットボールアカデミーで夢を追い続けた2人の選手にインタビュー。ユースでの経験や学び、そしてプロを目指す決意を語ってもらいました。
未来のトップアスリートの 可能性を広げる支援を

一般財団法人メルディアは、未来のトップアスリートを育成するために、青少年スポーツ支援を行っています。その一環として、18歳未満の青少年に向け奨学金制度を設け、経済的な負担を軽減し ながら、サッカーに打ち込める環境を提供しています。寺下選手、田中選手が所属していたベルマーレフットボールアカデミー(以下、ユース)は、サッカースクールからユースまでの一貫した指導体制を持ち、プロを目指す選手たちを育成する名門クラブです。理念に向上心や人間力の形成を掲げ、「湘南から世界へ!」を目指し日々躍動しています。
サッカーを本格的にやりたい という想いから
―サッカーを始めたきっかけを教えてください。

寺下選手:「最初は空手をやっていたのですが、小学校4年生のときにサッカーが楽しくなって、本格的に始めました。そしてやるからには一番を目指す、と常々親から言われていたので、サッカーでプロを目指そうと決めました」

田中選手:「僕は小学校4年生でチームに入りました。最初は友達と遊びでボールを蹴っていましたが、地元出身のプロ選手の試合を見て、一つのプレーで観客を沸かせるところや、点を決めたときに全員で喜ぶ姿に、自分もこんなふうに活躍したいと思うようになりました」
―ユースに入る前はどのようにサッカーに取り組んでいましたか?

寺下選手:「朝5時からドリブルスクールのコーチと自主練し、学校から帰宅後はチームの練習前に自分で練習し、夜は父が作ってくれた家の庭のスペースで練習するなど、サッカー漬けな毎日を送っていました」
田中選手:「中学の部活動でもサッカーをしていました。部活動では、中学からサッカーを始める人もいますし、グラウンドも他の部と共同で使うなど場所も限られていましたが、その中で何ができるかを自分で考えながら常に取り組んでいたので学びも多かったです」
―湘南ベルマーレのユースに進んだ経緯は?
寺下選手:「いい環境でプレーができればと、中学1年からユースに入りました。遠方から引っ越したこともあり環境の変化に最初は不安もありましたが、サッカーに対する熱量の高い仲間に刺激を受けて、より努力するようになりました」

田中選手:「中学のときに、トレセン(地区代表)に選ばれたことをきっかけに、ベルマーレから声をかけてもらい、高校1年から入りました。メルディアの支援選考会では緊張しましたが、事前に想定質問への回答を準備したのをよく覚えています。ユースへの所属が決まったときはここなら成長できると嬉しい気持ちでした」
毎日の積み重ねが 自身の成長を繋ぐ
――ユース時代に特に成長したと感じたことは?
寺下選手:「僕は最初の1年は下位チームにいて、なかなか試合に出られませんでしたが、毎日の積み重ねで成長できることを実感しました。上のチームに上がるには地道な努力が必要だと学びました」
田中選手:「僕は3年間、思うようにいかないことが多かったですが、それでも1日1日を大切にすること、腐らずに続けることを学びました。ユースの選手は熱量が高く、足元の技術やスピードの部分で圧倒されることも多かったですが、その環境で揉まれて成長したいという一心でした」

――メルディアに提出する活動レポートについてはどうでしたか?
寺下選手:「毎日の振り返りが本当にためになりました。練習で感じたこと、試合の課題を書き出すことで、自分の成長に繋がっていました。僕の性格としては毎日書くことが大事だと感じました。また、フィードバックをもらうようにしていて、それがモチベーションにも繋がりました」
田中選手:「振り返りはそれまであまりやった経験がなく、正直、最初は面倒くさいと思っていました(笑)。でも、続けることで自分の強みや課題が整理できるようになり、今ではやってよかったと 思っています」
ベルマーレ フットボールアカデミー
技術向上だけでなく、人間力の育成にも注力し、「そこに落ちているゴミを拾える人間に」というミッションのもと、社会に貢献できる選手の育成を目指している。 https://www.bellmare.co.jp/academy
メルディアの 青少年スポーツ支援事業
奨学制度 個々が置かれている事情からプロ選手を目指すことを諦めざるを得ない青少年らの「夢」の実現を応援し、支援する「奨学制度」を設けています。 https://mlda.jp/sports/





